習慣って?なかなか身につかないって思い込み過ぎ

 

子ども塾担当の谷口です。

春休み中の子ども塾は、新学期を迎える前の準備用の子ども塾と思っていたのですが、参加する子ども達が揃って風邪をひいてしまったということだったので、大事をとってもう1週お休みすることになり2週間もの長期休暇後の久々の子ども塾となりました。

このように長い期間塾を開催しないことは、盆と正月の年2回程ですが・・・
この長期休暇をさかいにこれまで培った子ども達の塾での習慣やリズムは、各家庭毎のリズムへと変わる場合が多く、中にはもうやりたくないといったところまでモチベーションが下がってしまうこともよくあることですが・・・

この状況が原因で、たまーに「通わせているけど子ども達の習慣となっていないのでは?」と訪ねて来られる親御さんもいらっしゃいます。
そんな心配事を解決できる理由になるかどうかはわかりませんが、子ども達が塾での習慣を忘れてしまったのでは?と思われる方のために、子ども塾なりの考え方に基づいた考察案をひとつご紹介したいと思います。


今回も春休みを設けることで、これまでの独特な塾のリズム感は忘れてしまうかもしれないなぁということは、学校が休みになるからどうしようもないことで、決して塾のやり方が間違っている!とか、子ども達が怠けている!とか、お父さんとお母さんが家でちゃんとしていない!とか・・・

何か要因がある問題ではないと考えています。

当然、春休み(他の長期休暇も同じ)は学校に行かなくてもいい時間が増え、子ども達が思う「自由に過ごせる時間が増える」のですから、好きでもない勉強をするのが嫌な気持ちになってもごく当たり前のことだと思います。

きっと誰にとっても勉強は、基本的に好きなことではありません。
(世の中には例外として、勉強が好きな子も大勢いますが・・・)

それが証拠にもともと勉強が好きな子ども達は、子ども塾なんかには来たりしません。
もし体験に来たとしても、内容に物足りずお家で自分なりに勉強をしている方がマシだと感じると思います。
でもそれは子ども塾を開催している目的が、勉強が楽しく見えることではないからであり、要は求めていることが違うという観点からきっと響かないのだろうと考えていて、それはそれでとても良い事だと思っています。

強いて言うならば、世の中の子ども達が自分で考え判断できる子ども達ばかりで、子ども塾の様な塾を必要とする子どもがいない世の中になればいいと思っています。

実際に体験に来てくれる多くの子ども達は、塾を始めるきっかけが親の希望やすすめにより半強制的に通い始めるので、受動的なやる気が起こらなくても当たり前だと思っています。
だから入塾当初は「勉強は頑張る気がなければ遊びながらでもいい、やらないよりはちょっとでもやった方がいい」という考え方を伝えるために行っているようなものです。

ただ、大人の場合はやらないと収入がなくなったり、やらないといけない理由や目的がハッキリしているので、世間体も含め嫌々ながらでもスタートすることは可能となりますが、子ども達はどうでしょうか?

どちらかというと「なぜ?勉強しないといけないのか?」とか「なぜ?学校へ行かないといけないのか?」などハッキリしない理由ばかりが先行しているので、大人のように嫌々ながらも始める理由が見つからないのもわからなくないです。

だから、子ども達が勉強を嫌がる状況になったとしても、周りの大人が子ども達のちょっと先を代わりに創造し、ちゃん考えて戻せる準備をしておけば何も問題はないと考えています。

そもそも「習慣を身につける」ということ自体を頭で意識している間は、結局のところ無理やり処理している訳ですから「めんどくさい」などのやりたくない気持ちが勝っている以上は、習慣化するまでには相当な時間がかかるということは理解できると思います。

そういった事も踏まえて子ども塾の考察としては、幼児から小学6年生までの最大8年間を関わり続けることで、学習を通してちゃんと考えないといけないタイミングを作り、子ども達が意識することなく習慣化出来るように只々繰り返しやりつづけるだけだと思っています。

「出来ないことを出来るように取り組むだけでなく、もっとやりたいとこだけをやってもしっかり考えていれば、出来るようになるんだ!」ということ伝えて続けていきたいですね。

こんな子ども塾ですが気になる方は、お気軽に体験してみて下さいね。
今回は、子ども達の脱線具合が思いの外激しかったので、この様な内容をご紹介いたしました。

最後までお読みいただきありがとうございました。


 
最終更新日:2021/04/13(火)11:17
 

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